かさぶたの下の皮膚

最高気温18度。いつもそれが夏の終わりの合図だった。

コットンベストから半年ぶりの長袖のカーディガンをおろす。

教室を埋める色が、眩しい純白から、一夜にして、グレーや紺やベージュ、たまにピンクのまだら模様に変わる。

後ろの席からその風景を眺める瞬間が好きだった。

 

冴えない高校生活だと思っていた。

 

気温18度。その日は必ず雨。

薄暗い昇降口。

埃が濡れて床に跡をつける上履きの底。

気になっている人が久しぶりにセーターを着ている姿を見た瞬間は、いつも胸が締め付けられた。

少し大人びて見える。

 

友達は少なかった。

高校3年になって、飾らないこと、素直でいること、心を開くことを覚えた私は、

少しだけ友達が増えた。

途端に身の回りが色鮮やかになった。性格も少しだけ明るくなった。

ありのままでいることの大切さを知った。

 

思い出す景色なんて殆ど何もないと思っていた。

青春映画のような出来事なんて、現実には起こっていない。と。

 

環状交差点で 金木犀の香りを感じる今。

思い出す風景は、高校時代のものばかりだった。

 

冬の部活帰り、すっかり夜になった海辺の駅。

到着する江ノ電は蛍光灯が眩しくて、乗っている人はどこか親しげな雰囲気になっていたこと。

病院脇の近道から眺めた江ノ島と夕暮れ。

授業をサボった日の海の灰色。

球技大会の日に売店で買ったアイスクリーム。

駅から学校までの上り坂。

短いスカートの隙間を通る風の温度で季節を測っていたこと。

石油ストーブの匂いと、必ず寝ていた古文の授業。

授業の合間に窓から校庭を眺めながらおにぎりを食べることが好きだった。

みんなのことが大好きだった。

 

ひたすら楽しかったような気さえする。

ひりつくほど心は敏感だった。

 

派手なことは何もなかった。思い出すことなんて何もないと思っていた。

それなのに風の匂い、空の色に思い出す景色は、

友達とよく遊んでいた中学時代でも、

夢を追い始めた大学時代でもなく、

悶々とした想いを毎日頭や肩に積もらせていた高校時代なのだ。

 

最高気温18度。肌寒い雨の匂い。

風邪の日に飲む薄めたポカリのような甘さ。

クレヨンのようなこっくりとした切なさ。

愛しさ。

 

かさぶたの下の皮膚の心で

雨も日差しも汗も北風も全てを浴びていた。